“子供っぽいおはなし”に変換しないで

相手が小さい子供だと、子供向けにしゃべっているつもりで、実は聖書の肝心なテーマを伝え損なってしまうことがあります。

たとえばヨナ書。
「ヨナさんは“そんなおしごとしたくないや!”と逃げてしまいました。…でも大きなおさかながヨナさんをぱくりっ。神さまが助けてくださったのです。」
そしてヨナといえば記号のように巨大魚の絵を描いてしまう。

ヨナ書は、魚にのまれた人のお話ではありません。“敵を救いにゆけ”と神に命じられて煩悶する預言者の物語です。ニネベ、つまりアッシリヤ帝国は、弱小イスラエルにとっては脅威の存在。占領した周辺地域の住民に残虐な仕打ちをすることで恐れられていた国です。残虐行為を描く必要はないですが、神の命令だからと言って助けに行きたくなるような人々でなかったことを話さなければ、ヨナ書の本質は伝わりません。

「だけど、あなたにどれほどひどいことをする人であっても、神さまはあなたを愛すると同じように愛しておられるのです。ほろぼしたくないのです。だからたとえ敵のためであっても、神さまの言われたようになさい。だいじょうぶ、神さまはきっと守ってくださるから。」
これは、どんなに幼い子供であっても学んでゆくべき真理です。そしてそこに真実があることは、人間は生まれながらにして、魂のレベルで察知しているものです。

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