(33) ミカ書

ミカはイザヤとほぼ同じ頃、同じ南ユダ王国の預言者です。ミカと言っても女性じゃないですよ(笑)。「ミカヤ」を短くした名前で、ヘブル語で“神(ヤハウェ)のような者は誰か”という意味です。

☆へりくだってあなたの神とともに歩むこと(ミカ 6:8)

ミカもやはり、他の預言者たちと同じように、イスラエル(北&南王国)がほろぼされることを予告しています。ミカの時代、イスラエルは強大なアッシリヤ帝国の脅威にさらされていました。アッシリヤは支配した民に残虐な仕打ちをすることで知られ、アッシリヤが来るぞ!と言えば、泣く子もだまるほどでした。そんな恐怖におびえ、預言者たちから「そういう目にあうのは、まことの神から離れてしまったせいだ」と告げられても、人々は神に立ち返りませんでした。

イザヤと違うのは、ミカはイスラエルの“指導者”たちを強く批判しているところです。イザヤが身分の高い人だったのにくらべ、ミカは貧しい農村出身だったようなので、そのためかもしれません。指導者とは民を正しく導くべきものなのに、自分たちの利益のために、不正を行なうとは! 神がお前たちに答えられることはない!

…たしかにそのとおりになりました。が、やはり彼も他の預言者と同じことを言うのです。最後には神は救ってくださる、と。そのために、神にゆるしていただくためにはどうすればよいか。何を喜んでくださるのか。いけにえの子牛か、羊か。それともわが子を差し出すのか(子供をいけにえとする風習があった)。ミカは言います。主が何を求めておられるか。人よ、それを告げよう。

ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、
へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。

(口語訳聖書 ミカ 6:8)

☆主であり師であるこのわたしが(ヨハネ 13:14)

洗足
人々の上に立つ者は 人々に仕える者となりなさい

人々を神さまのもとへ導く指導者と言えば、主イエス・キリストです。イエスさまは、十字架にかけられる前の晩、使徒たちと最後の食事をしておられました。使徒たちはまだ、翌日に起こることがわかっておらず、「自分たちの中で一番えらいのは誰か」などと言い合ったりしていました。

するとイエスさまは、食事の席から立ち上がり、たらいに水をくんで来られたのです。そして使徒たち一人一人の前にかがみこみ、彼らの足を洗っては、手ぬぐいでふきはじめられました。やがて、使徒たちのうちのリーダー格であったペテロの番になりました。ペテロはおろおろと言います。「主よ、なぜあなたが…」。客の足を洗うのは、その家の召使いの仕事だからです。「どうかおやめください。主がわたしの足などを洗われるなんて…」 イエスさまはおっしゃいました。「主であり、師であるこのわたしがあなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。」

一番えらい人、上に立つ人は、仕える者のようにならなければいけない。イエスさまは、それをご自分でやって見せてくださったのです。もちろんそれは、指導者だけに求められていることではありません。わたしたちがみな、神の前にへりくだり、お互いの足を洗い合う者となることを、神さまは望んでおられるのです。

 

ぬりえ

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