(24) エレミヤ書②「エルサレム陥落」

エレミヤが語り続ける神のみことばを、王も、他の預言者たちや祭司たちも、まったく聞こうとしませんでした。さばきの日はユダ王国にもひたひたと近づいてきました…

☆カルデヤ人[1]は、王宮も民の家も火で焼き、エルサレムの城壁を取りこわした。(エレミヤ 39:8)

エレミヤが語り、バルクが書き取った巻物を、王(エホヤキム@BC600前後)が燃やしてしまった時、民への神のさばきは決定的になりました。神は、北方のバビロン帝国をさばきのために用いると宣言されたのです。おまえたちは、エジプトが助けてくれると信じているのか… 彼らは自分たちの国に敗走するだろう。おまえたちを見捨てて。

はたして、そのとおりになりました。バビロン軍は、エジプトを蹴散らしたばかりでなく、ユダ王国やその周辺の町々をすごい勢いで征服していったのです。エホヤキム王は悲惨な最期を遂げ、新王エホヤキン(エホヤキムの子@BC598)もバビロン軍に捕えられてしまいます。次の王位はバビロンが定めました。ゼデキヤ(エホヤキムの弟@BC597–587)です。しかし彼もまた、指導者としての力はありませんでした。親エジプト派につつかれればエジプトにヘラヘラし、バビロン王にもペコペコし、なんとかしてよとエレミヤにすがりつき…。だったら、バビロンに服従せよというエレミヤの(=神の)言葉を聞けばよかったのに、彼は失敗しました。バビロンに反逆してしまったのです。

エルサレム陥落
神のさばきの日。祖国は滅亡した。

バビロン軍は首都エルサレムを包囲しました。兵糧攻めです。1年半。城内の食料は底をつきました。BC587年、バビロン軍はついにエルサレムの城壁を壊し、攻め込んできました。都は焼かれ、神殿は破壊し尽くされ、金や銀の神殿祭具は、すべて略奪されました。民はみな捕囚としてバビロンに引っ立てられて行きました。[2]

☆わたしはあなたがたを…、もとの所へ帰らせる。(エレミヤ 29:14)

祖国の滅亡という試練の時にも、神はエレミヤを守られました。バビロン王の侍従長が、捕囚の民の中にいたエレミヤを見つけると、なんと鎖を解いて釈放したのです。あなたは好きにしていい。私と一緒にバビロンに来るなら、私があなたに特別に目をかけよう…。敵であるバビロンには、エレミヤが真の預言者であるとわかっていたのです。しかしエレミヤは、バビロン宮廷での安楽な生活ではなく、エルサレムに残された、捕囚としての価値さえ無いと捨て置かれた貧しい人々とともに生きることを選び、国に戻って行きました。[3]

自分は国に残りましたが、エレミヤは捕えられていく民に希望のメッセージを送ります。
民よ、主の御告げだ!

バビロンで七十年が満ちるならば、
わたしはあなたがたを顧み、
わたしの約束を果し、
あなたがたをこの所に導き帰る。

(エレミヤ 29:10)

そうだ。あなたがたは帰って来られる。ニセ預言者たちは「すぐに帰れる!」とか言うだろうが、聞くんじゃない。この、まことの神のみことばだけを心にとどめて、異国の地でも正しい生活をしていなさい…

民はその預言どおり、やがて救われ、喜びながら、神の都に帰還することになります。そしてその後500年ほどして、イエスさまによって、この預言は完全に成就したのです。

参考

[1] 当時バビロン一帯を支配していた部族

[2] エルサレムはもともと大変堅固な要塞都市でした。周辺の地域をあっさりと征服してきたバビロンが、なかなか攻め落とせずにいたことでも、それが証明されます。やはりそこには、バビロンの軍事力を用いた、神の御力が働いたのでしょう。

[3] この箇所(エレミヤ 39章)でバルクのことは書かれていませんが、この時バルクも一緒に釈放され、エレミヤと同行したものと考えられます。このあともずっとエレミヤとともに行動している様子が描かれているからです。

四大預言書についての参考書籍;『今、ここに生きる預言書』高橋秀典師

ぬりえ

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