(44) からし種ほどの信仰

さて、イエスと3人の弟子たちが山から帰ってくると、下界では大群衆がガヤガヤ…。その真ん中で、残っていた弟子たちと律法学者たちとが言い争いをしていました。

☆信じる者には、どんなことでもできるのです。(マルコ 9:23)

イエスの姿を見つけると、群衆が“わーっ、イエスさまだイエスさまだーっ”と駆け寄ってきます。「あなたがたは何を議論しているのですか」とイエスが問うと、一人の男が答えました。先生、悪霊につかれた私の一人息子を先生の所に連れてまいったのです… 悪霊は、火の中水の中、所かまわず息子を押し倒します… するとこの子は、あわを吹き、歯ぎしりし、からだをこわばらせてしまいます… お弟子たちに悪霊を追い出してくださるようお願いしたのですが、お弟子たちにはできませんでした…。

それを聞いたイエスは、心底がっかりされたようです。(私はいつまでこの弟子たちをフォローしてやらなくてはならないのか…)と。そしてその子を連れて来させると、悪霊はすぐさまイエスの目の前でその子をひきつけさせました。大声でわめきながら地面をころげ回る子供。父親はイエスにすがりつきました。幼い頃からずっとこうなのです! もしおできになるなら、どうかお助けください!

イエスは彼におっしゃいました。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです」… 父親は叫びます。信じます! 不信仰な私をお助けください!! イエスは、皆の見ている前で悪霊を叱りつけました。この子から出て行け!… 子供はひと声叫ぶと、ぐったりとなってしまいました。し、死んじゃった…? いいえ。イエスが起こすと、子供はしっかりと立ち上がりました。イエスはその子を、父親に返してやりました。

☆どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。(マタイ 17:20)

からし種ほどの信仰
弟子たちには子供の病気を治すことができなかった

このできごとをずっと見守っていた人々はみな、神のご威光に驚きました。しかし、大勢の前で恥をかいた弟子たちは、驚いてばかりいられません。イエスとともに家に入ると、そっと師にたずねました。先生、なぜ私たちには悪霊を追い出せなかったのですか…。イエスは答えます。「あなたがたの信仰が薄いからです。この種のものは、祈りによらなければ決して追い出せません。

もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって
『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。
このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。」

(口語訳聖書 マタイ 17:20)

おそらく弟子たちは、事前に神さまに祈りもせず、主イエスがいつもなさっている形だけ、言葉だけをマネして、子供の病気を治そうとでもしたのでしょう。

《[Israel, mustard seed](イスラエル からし種)で画像検索》 [1]

しかし、病をいやすなどという奇跡的なことを行なうのに、信仰がからし種ほどあれば良いとは…。ゴマつぶよりもはるかに小さい種です。そんな信仰で、山でも動かせる!?[2] それは、「ちょっと信じてりゃ充分」という意味ではありません。たとえ心の中では99%ムリだと思っていても、からし種1つ分の意志で、「それでも自分は神さまのお力の方を信じます!」と決意することです。もうダメだー!と追いつめられた崖っぷちで、でも神さまならできる!!と踏みとどまることです。

参考

[1] 実物が手に入れば、見せてあげるといいと思います。日本のキリスト教書店でも、しおりにラミネートされていたりして売っていることがあります。

[2] これは決して「大げさなたとえ」ではありません。山は動きます。しかも、私たちが想像していたよりもずっと短期間で。近年の日本では、それを実感することも多いでしょう。山は一瞬で崩壊します。島はほんの数ヶ月でできあがるのです。

ぬりえ

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