死んだらどうなるの?

今の日本で、この質問への答えを持っている人はほとんどいないはずです。学校で教えなくなってしまったからね。

☆主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。(詩篇 127:1)

70年ほど前、日本は世界中と戦争をしていました。その頃の日本人は「天皇が神」「お国のために死ねば、あの世で最高の栄誉を賜る」と教育されていました。ところが、神(天皇)の民は絶対に戦争に勝つ!とされていたのに、ボロ負けしてしまったのです。今の日本の姿からは想像しにくいですが、国がほぼ滅びた状態になりました。

《必要と判断されたら、戦後の焦土と化した日本の画像を見せてあげてください》

敗戦の翌日からすべてが一変しました。お国のために戦いに行った人は、死んだ人も生きて戻った人も、栄誉を賜るどころか、残虐な殺人者と非難され、「天皇は神」という教えは“なかったこと”になりました。どういう立場にいたにせよ、大人も、子供も、日本人全員が、深く傷つきました。それ以来日本人の心には、“何者かを「神だ」と盲信すると痛い目に遭う”、“死んだら終わりだ、なんにもならない”という思いが刻み込まれ、家庭でも学校でも、神や死について語られなくなったのです。こういう痛手は長く尾を引くもので、歴史的に見ても、100年やそこらでは快癒しません。

しかし、おおっぴらに語られなくなったからといって、「なぜ自分は生まれてきたのか」「生きる意味とは何か」「死んだらどうなるのか」という問いを、人間は捨て去ることができません。戦後の日本人は、この問いには「答は無いものだ」として、不安や虚しさをねじふせて生きるようになっていきました。

☆私たちは
キリストに似た者となる…(Ⅰヨハネの手紙 3:2)

戦後の日本は、他国が驚くほどの速さで復興を遂げました。優秀な国民なのです。日本人は、自分たちの傷や不安は、科学の進歩によって解消できると信じました。ところがそれもうまくいきませんでした。「進歩する」というのは“どんどん良くなる”ことだと錯覚しがちです。でも実際は違いました。進歩というのは“どんどん変化する”ということなのです。昨日は最新だったものが、今日には旧い。今日は正しいと言われていることが、明日には間違いだと判明する。それが科学です。どんなに科学が発達しても、どれほど優秀な科学者にも、「あなたは今日何をすれば幸せになれるのか」の正答が出せません。ある心療内科医(日本だけでなく世界各地の紛争地帯で働いている方。クリスチャンではない)[1]が、「日本人は、宗教を持つ民族に比べて、心的外傷後ストレス障害を発症する率が高く、立ち直るにも何倍も時間がかかる」と言っています。日本の医療は世界でもトップクラスに登り詰めたというのに。

ところが。じつはこの答は、ある書物にアッサリ書いてあるのでした。しかもその書物は何百年もの間、全世界の大ベストセラーで、日本でもアッサリ手に入るのでした。

その本は「聖書」。それによれば、
人はなぜ生まれてくるのか;
 それはあなたが私の内臓を造り、
 母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
 (詩篇 139:13)

あなたが今日やるべきことは;
 主を恐れる人は、だれか。
 主はその人に選ぶべき道を教えられる。
 (詩篇 25:12)

死んだらどこに行くのか;
 わたし[2]が行って、あなたがたに場所を備えたら、
 また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。
 (ヨハネ 14:3)

そして、死んだらどうなるのか;

わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。
彼が現れる時、わたしたちは、
自分たちが彼に似るものとなることを知っている。

(口語訳聖書 Ⅰヨハネの手紙 3:2)

すべてを新しくする方
新しいからだをありがとうございます イエスさま!

参考

[1] 桑山紀彦医師@読売新聞 2014年3月20日朝刊「羅針盤」第4部『心の復興②』
日本記者クラブ インタビュー
「イスラム教徒はモスクで“語る”=思いを吐き出すことができる」とあります。が、それは、話す相手は人間だとしても、彼らはその向こうに神を見ているということです。話す方も聞く方も、その思いを絶対的に受けとめてくださる方がいると知っている。その方が最善の答を与えてくださると信じている。だから“苦悩が昇華されていく”ということが可能なのであって、聞く人がいれば日本でも同じことができるというわけではありません。
むしろ、善意の聞き手が何千人いたとしても、一人は「死んだら天国に行くのよ」と言い、一人は「君のママはお星さまになって見守っている」と言い、一人は必死で自殺者を引き止めようと「死んだらおしまいだ! 何もできないんだよ!」と叫んでいる…(あるいは一人の人がこれらすべてを言うことさえある)。これでは逆効果になりかねません。「あなたの苦しみを昇華させる方法は無い。誰も知らない。」と言っているのと同じだからです。そんな構図は幼児だってわかります。私がそうでしたから。苦難や死に対する不安や恐怖を消す方法を聞いてみたところで、どんな大人でも本当は答えられやしないんだ…と思っていましたから。
いいえ。その答は確かにあります。日本人が知らないだけです。知らないでいる理由もとても単純です。“誰も教えてくれないから”です。

[2] イエスさまのこと。

ぬりえ

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