(2) 出エジプト記

生き残ったノアの息子たちから、また新しく人が増えていきました。その中で聖書の中心として書かれていくのは「イスラエル民族」です。彼らのエジプト脱出は、紀元前1300年頃のこと。

☆主があなたがたのために戦われる(出エジプト記 14:14)

その頃エジプトは豊かな大国でした。飢饉に悩むイスラエルから、食物を求めて多くの人々が移り住んでいました。ところが、イスラエル人は丈夫で子供をたくさん産んだので、国中にものすごく数が増えていたのです。エジプト国王はその人数の多さを恐れました。彼らを奴隷として、それは厳しく働かせました。それでもどんどん生まれてくる子供を殺したりもしました。

そんなエジプトで生まれたモーセ。彼は殺されるはずだったところを、母親の機転で救われ、なんとエジプト王女に拾われて育てられた人です。その彼に、ある日神の言葉がくだりました。“すべてのイスラエル人を連れ、エジプトを脱出せよ”。そして神さまは、ありとあらゆる手段を用いてモーセを助け、何万人もの民をエジプトから逃れさせてくださいました。

分かたれる海
主はイスラエルのために 海に逃げ道を作ってくださった

ところが怒った国王は、自ら大軍隊を率い、イスラエルを打つため戦車で追いかけて来たのです。それを遠くに見つけて泣き叫ぶ人々。目の前は海! 恐怖と絶望に、皆モーセを罵ります。しかしモーセは毅然と言いました。

「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、
主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。
主があなたがたのために戦われるから、
あなたがたは黙していなさい」。
(口語訳聖書 出エジプト 14:13–14)

そして彼が神の命令どおり海に手をさしのべると、一晩中強風が吹き、海の中に道ができました。民がそこを通って逃げると、エジプト軍もあとを追ってきます。そこでモーセがまた神に命じられて海の上に手をのばすと、海が元どおりになり、エジプト軍はおぼれてしまったのでした。

☆勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです(ヨハネ 16:33)

人から攻撃されたり、危険に巻き込まれたり。絶体絶命のピ〜ンチ!ということが誰にでもあるでしょう。私にもありました[1]

それはバスの中での事件でした。若い男が前の席のひじかけに足を乗せたのを、隣にいたおじさんがどなりつけたのです。二人はケンカを始めました。前の席にいたのは小学生の女の子。その横にいた私も小さな子を連れていました。罵り合いはどんどんひどくなり、子供たちは身動き一つできず緊張していきます。一番うしろの席でのできごとな上、バスは満員で、運転手さんは気がつきません。

私は心の中で神さまに祈り、若い男に静かに声をかけました。「警察行こうぜ!」「組の者(ヤクザ)を呼ぶぞ!」といきまいている男に、「大丈夫。そんなものに頼らなくても自分で解決できますよ。子供が見てます。」と言ったのです。私にもどなるかと思いましたが、ケンカはだんだんおさまっていきました。おじさんの方は「怖がらせてごめんね」と子供たちに謝ってくれました。

「黙っていなければならない」とは「しゃべるな」ということではありません。神が戦ってくださるのだと信じて行動しなさいという意味です。ピンチの時には神さまに「何をしたら、言ったらいいですか」と聞いて。やるべきことは神さまが教えてくださいます。

参考

[1] ここでは教師が自身の体験を例として証しなさってはいかがでしょうか。どんな子でも、いつかきっと人生の危機に直面することになるでしょう。その時に、パニックせず、やるべきことをとっさに思い出すのに、自分のよく知っている先生(年長者)のお話は有用だと思います。身近な人の生々しい体験談は印象に残りやすいからです。

ぬりえ

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